History

3

80周年社史『夢の新工場』

サンルックスとプラスチックレンズ専用工場

昭和54年、古澤正男が社長に就任し、静は会長へ、そして専務取締役として武雄が就任した。業界内でプラスチックレンズの需要が高まる中、東海光学としても加工だけでなくプラスチックレンズ製造を開始する準備をすすめていた。そんな折、昭和56年には国内で数少ないプラスチックレンズ製造のできる企業、株式会社サンルックスと正式な業務提携を結ぶこととなる。ここが東海光学のターニングポイントともなった。福井県鯖江市にある従業員20人余りの町工場で、設備機器一切は揃っているものの、経営状態やレンズの品質としてはまだテコ入れする必要がある。なにより、まずは経営と従業員の人間関係を作る必要があった。良い信頼関係なくして良い製品を生み出すことはできない。国内向けプラスチックレンズの製造が軌道に乗るまでに約9ヶ月。ようやく東海光学のレンズとして恥ずかしくない品質を保てるようになったのである。

時を同じくして、昭和56年、鴨田工場の一角に新しいマシンが設置された。プラスチックレンズ専用マルチコーティングマシン1号機である。このマシンも例によって、すぐに使い物になるわけではない。技術者たちは何度もテストを繰り返し、独自のノウハウを蓄積することで東海光学におけるプラスチックレンズのマルチコートが発売できる体制を築いていった。そうした経験のひとつひとつが、東海光学に息づく研究開発への精神と技術力になっていったのである。当時、プラスチックレンズの売上は社内シェア20%にまで高まっていた。将来にわたる需要を鑑み、昭和57年には岡崎市日名町の土地に新たなプラスチック専用工場を建設。こうして、東海光学オリジナルレンズの生産体制が整ったのである。

TOSS&1DAYサービス

昭和58年、東海光学は企業合理化で中小企業庁長官賞を受賞。武雄はその牽引力を発揮し、販売力、生産力、そして組織力を一層高めていく。その取り組みのひとつが、TOSS&1DAYサービスである。「注文を受けたレンズを間違いなく、一刻も早く、約束通りの納期に納める」ことがレンズメーカーの信用である、という顧客第一主義の鉄則を強化。24時間デリバリーに加え、「TOSS(トーカイオーダーサービスシステム)」としてお客様ひとりひとりに合った超特注商品を、より迅速に提供するためのシステムを築いたのだ。同年、武雄は社長に就任し、正男社長は会長に、静会長は名誉会長に就任。「活力ある経営」を指針とし、若い思考力をもつリーダーによって東海光学は一層躍動することとなる。

昭和59年には、日名工場に連続コーティングマシンを導入。これまで1回ごとにレンズを入れ替えるバッチ式であったのが、加熱から真空、蒸着、除冷と一連処理する全自動真空多層蒸着装置によって大幅な高速化が図られた。さらにプラスチックレンズのハードコーティング設備も導入し、生産性が一気に高まった。

オリジナルブランド「ベルーナ」誕生

プラスチックレンズの開発が進むにあたり、東海光学は無機ガラスレンズの光学メーカーから、有機の化学メーカーへの転換に迫られていた。そんな中でタッグを組んだのが総合化学メーカー昭和電工との共同である。光で固まる光硬化性樹脂「スラピン樹脂」を眼鏡レンズに使えないだろうか、という発想のもと、東海光学と昭和電工は共同開発を進めることとなる。昭和59年、「サンルックス生産技術開発プロジェクト」を発足させるなかで研究開発を進め、合成樹脂レンズを製造する際に発生するモールドからの剥がれ対策を中心とした「ガスケット・オフ法」という合成樹脂レンズの製造方法で特許を出願。その後も開発を進め、昭和62年には「ベルーナ」を発売した。スラピン樹脂の開発は世界初。そのメリットは傷がつきにくく薄いことで、屈折率がCR-39の1.50に対して、1.53と高い。そして透明度はガラスに匹敵するほど高かった。光学特性も色収差が小さく内部歪が少ないなど、ガラスレンズの長所ももっており、プラスチックレンズとガラスレンズの良さを兼ね揃えたバランスのよい眼鏡レンズ製品となった。この共同開発は技術力の一層の強化となり東海光学にとって大きなメリットとなった。

新工場完成

昭和59年、東海光学はフレーム事業部をスタートさせる。新たな事業の軸を作るというのが、武雄の宣言のひとつでもあった。さらに、昭和61年には眼鏡店とメーカーを結ぶオンラインシステム「メガネット」がスタート。東海光学を含めて服部セイコー、ペンタックス/カールツァイス、トプコン、東レ、帝人レンズのメーカー6社による共同受発注システムである。新たなことに挑戦し続ける姿勢は、東海光学を飛躍させる原動力である。昭和62年に、東海光学では岡崎市花園町のメカトロ団地に新工場用地一万坪の取得を申請。平成2年5月17日に本社工場は竣工した。「単に工場拡大を目的とした移転ではなく、眼鏡関連総合メーカーとして21世紀の眼鏡づくりを基本に、お客様に対するサービス体制の充実と地域社会における環境保全、社員の福利厚生を含めて労働環境整備など、本社機能を充実し東海光学のイメージを一新させる」。この東海光学の夢がまたひとつ、新たな音を鳴らし動きだしたのである。